01 · お話 六十五年の、
六十五年の、
静かな朝。
代々受け継がれる、一杯の珈琲。
一九六〇年の春、米本という若者が、築地市場の門のすぐ外に、木のカウンターと銅の薬缶を二つ置いた。最初に来たのは魚商たち — 暖かさのために、夜明け前に目を覚ます苦く慎重な一滴のために。
「1960年、ジャズと珈琲の街に、米本珈琲は始まりました。」
一九六六年の冬の夕方、丸眼鏡の静かなイギリス人が奥の隅に座った。二杯飲み、円で払い、小さく折った紙片を残して帰った。その紙片は今もレジの脇に額装してある。彼の名は、ジョン。
今も薬缶は銅。カウンターは同じ濃い杉。その後ろに立つのは、創業者の孫 — 三代目、同じ手、同じ忍耐。朝はあの頃より静かだ。珈琲は変わらない。



